Presencing Somatics Trillium Institute Japan - Manual Therapy for Personal Transformation
倫理とスーパーヴィジョン

追加説明 1997年、ジャックは、アイダホ州でのプロフェッショナルなボディワーカーのための総会で倫理を教えて欲しいと依頼されました。それ依頼、長年にわたってジャックは個人とプロとしての倫理についての自らの見解を向上させ続けてきました。

私たちが手を通して働きかけるのが可能な時、クライエントはそうしたケアにどのような影響を与えるのでしょう。
また、クライエントとの関係性を私たちが理解をすることと経験は、治療的なセッションにどのような影響や変化を与えるものとなるのでしょうか。
クライエントによってはとても近しくなることもあれば、距離を置いた関係性ということもあります。私たちの仕事において、そうした関係性は助けとなるもの、あるいは助けとはならないものとしてどのように見ておく必要があるのでしょう。
同僚仲間たちと共に、実践の中で起きてくるクライエントとの関係性と倫理的なディレンマ(難しさ、板挟み)について互いに議論をしたり話をしたりしていきます。

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倫理というのは、基本的にはクライエントとの関係性になります。倫理は、何が助けになることで何がそうではないのかを私たちが決定できるようにする基準なのです。
例えば時に、クライエントとより近しい関係や友人関係、あるいはそれよりも親しい関係に心惹かれることが起こります。米国では、両者を守るが目にそうした関係性についての規則があります。

クライエントの身体に働きかけているときに、クライエントには無意識の記憶からやってくるポジティヴな、あるいはネガティヴな反応が起こる可能性があり、それらがプラクティショナに投影されるといったことがよくあるのです。またクライエントによっては、その人の行動パターンによって私たちの方が無意識に反応を する場合もあります。例えば、いつも遅刻してくる、セッションを忘れる、セッション中に落ち着きを失う、他のクライエントについての噂話をする、セッション中に性的な反応をする、セッションを取り引きに使う、プラクティショナをデートに誘う、クライエント自身のパートナーあるいは他の関係にある人の情報をプラクティショナから引き出そうとする、といったことなどが例に挙げられます。これらはすべて、倫理的な板挟みの例です。これらに関する適切な対応は、どの ようなものなのでしょうか。またいつクライエントを「解雇」するべきか、あるいは他のプラクティショナを紹介するとしたら?どのようなときに「ノー」とクライエントに言うべきなのか?

このクラスでは、仲間同士で行うスーパーヴィジョンの手法とプロセスを用います。その 中で実際の私たちの実践でのケーススタディを出し合い、自分で解決方法を見い出すサポートの仕方を学んでいきます。このスーパーヴィジョンのプロセスを一 度学んだなら、プラクティショナとしての自信を強め、同僚たちとの関係性をも力強いものとなることも認識できることになるのです。

前回行った1日クラスの倫理の内容と重なる部分もありますが、今回は倫理観を養う方法としてのスーパーヴィジョン(仲間同士でのカウンセリング的なセッショ ン方法)を実践的にお教えします。プロとしての意識のもとに、様々な葛藤や倫理的なディレンマ、あるいはプラクティショナとしての成長の中での疑問や問題意識を扱い、向上心などもサポートしていく方法を習得し、これからの実践と発展に役立てていって下さい。